【自身も被爆二世】吉川晃司さんが語る「被爆」と熱い子供たちへの想い

「被爆二世と呼ばれる私たちが、負の遺産を未来の子供たちになすりつけるなんて恥晒しなことは絶対に出来ない」

そう熱く語るのは、俳優、ミュージシャンとして今もなお活躍の幅を広げている吉川晃司さん(48)。2013年11月に広島で行われ法人会全国大会において、日本全国から集った経営者約2600人を前に熱弁を奮った。「負の遺産」とは、福島第一原発のことを指しているのであろう。今の福島と今後の日本を思う吉川晃司さんの想いが伝わる内容だ。

吉川晃司さんの父は原爆投下後に広島に入市。その際に入市被爆を認められ(入市被爆=原爆投下後、救援活動や肉親探しなどで被爆地に入り、被爆したと考えられる。市から認定を受け被爆者健康手帳の交付が受けられる。)、吉川晃司さん自身「被爆二世」にあたる。

吉川晃司さんは、2011年3月11日に東日本を襲った東日本大震災後、自ら現地に赴き、ガソリン、食事などの物資供給から、現地の声を直接聞くなどの救援活動を行っていた。その中で「津波によって身分証も現金も失ってしまった。何も出来ない。」という被災者の声をきき、なんとか現金を届けることはできないかと考えた。まずは現金をと自身の経営する「株式会社アクセルミュージックエンターテイメント」を通じ、自身のライブ活動などの収益6億5千万円を集めた。

吉川晃司さんはこの6億5千万を全額寄付。しかし、寄付にも税金がのしかかり、すべてが被災者の下に届いたわけではないという。

被災三県及び福島では今も厳しい状況が続いている。福島第一原発という負の遺産を私たちの次の世代に残さないためにも、私たちは一丸となり「原子力」というものに向き合っていき、故郷というバトンを繋いでいく必要があるのではないだろうか。

 

c6600406_1336528385059吉川 晃司(きっかわ こうじ、1965年8月18日 – )は、日本のミュージシャン、俳優。本名同じ。

広島県安芸郡府中町出身。株式会社アクセルミュージックエンターテイメント代表取締役社長。

1984年、シングル『モニカ』で歌手デビュー。『LA VIE EN ROSE』、『KISSに撃たれて眠りたい』、『VENUS 〜迷い子の未来〜』や布袋寅泰とのユニット、COMPLEXでの『BE MY BABY』などのヒット曲で知られる。

 


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